20100503

日下秀憲・真斗『ポケットモンスターSPECIAL』1巻〜3巻について


ポケットモンスターSPECIAL (1) (てんとう虫コミックススペシャル)ポケットモンスターSPECIAL (1) (てんとう虫コミックススペシャル)

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先日、「ポケットモンスターSPECIAL」というマンガを3巻まで読み終えました。このマンガは題名の通り、任天堂が携帯ゲーム機向けに販売しているゲーム「ポケットモンスター」の世界観や設定を元にして構築されているマンガでありつつ、アニメ独自にキャラ付けされた「サトシ」や「ピカチュウ」や「ムサシ、コジローのロケット団二人組とニャース」といったキャラクターたちが出てこない、「SPECIAL」独自のポケモン観によってストーリーが描かれています。
こういった「タイアップ漫画」では、絵が描きこまれず十分に世界観を表現することができていなかったりといったことがよくあってしまうのですが、「ポケットモンスターSPECIAL」において、真斗氏の手による作画は真摯でそして丁寧そのものであり、しかも読者である小学生の子供たちの目に、見やすく分かりやすい画面になるよう配慮が行き届いた仕上がりになっています。


日下秀憲・真斗『ポケットモンスターSPECIAL』 1巻

たとえばこのコマは、主人公がポケモン博士の研究所を訪れたシーンを描いたものです。コマの中に描かれている書類には表紙や文章などが描かれていませんが、それぞれのほんの大きさを変えたり書類をしならせたり、書類が置かれている場所などのレイアウトを工夫することによって、「ごちゃごちゃと描きこまないことでスッキリ見やすいコマ」に仕上げつつ、研究所的な「ごちゃごちゃと資料が散乱している部屋」の雰囲気を作り出すことに成功しています。
また、本棚や机の配置を工夫することで擬似的な集中線を作り、その中心に主人公を配置し、主人公の位置を読者に分かりやすく伝えています。


日下秀憲・真斗『ポケットモンスターSPECIAL』 2巻

こちらのコマも同様に、小道具や床のタイルなどで擬似的な集中線を絵に埋め込むことにより、中央に配置された主人公に視線を誘導させようとする意図が感じられ、さらにコマ両脇にのみ小道具を描き、中央を開けたスペースにすることで、自然と開けた空間へ読者の視線を誘おうとしているということも見出せそうです。


日下秀憲・真斗『ポケットモンスターSPECIAL』 1巻

真斗氏による作画は、いわゆる「魅せゴマ」ではない小さなコマであったとしても手が抜かれることはありません。例えばこの森の中を歩いていくポケモンを描いた一コマは、近景(緑)中景(青)遠景(赤)においてポイントとなる植物を配置して画面に奥行きを作り出しつつ、それら対比物によりポケモンの大きさを表現するという、「ポケモン世界」の描写に対する貪欲とも言える強いこだわりを感じさせるものになっています。

――そして上記のような作画の丁寧さだけではなく、しっかりと描かれた世界、つまり背景の上にさらにマンガのテーマとも言うべきモチーフが欠かさず織り込まれており、そのことが「ポケットモンスターSPECIAL」をただの「タイアップ漫画」ではない、独特の空気を持つしっかりがっちり作り上げられた一作品へと仕上げているとも言えそうなのです。


日下秀憲・真斗『ポケットモンスターSPECIAL』 1巻 2巻


それは「空」の描写にあります。上図の通り、「ポケットモンスターSPECIAL」では多くのコマにおいて薄い灰色のトーンで、丁寧に空の青色が描かれています。そしてその中でもよく見かけるのが、「主人公たちを読者が仰ぎ見るような、カメラ位置を低く置いた」コマです。これらの「空」が描かれたコマについて、例えばこのような見方が可能ではないでしょうか。『「ポケットモンスターSPECIAL」は、都会から離れた町に住む主人公が、まだ見ぬ何かを目指して世界中を旅する冒険漫画である。冒険とはまだ見ぬ場所へ思いを馳せること。空は手を伸ばしても届かない、「まだ見ぬ場所」の象徴として、また「今ここ」と「まだ見ぬ場所」をつなぐ橋渡しとして世界に存在し、だからこそ主人公の前に繰り返し大きく描かれているのではないだろうか』、と。


日下秀憲・真斗『ポケットモンスターSPECIAL』 1巻

当記事冒頭で引用したコマは、子供たちが家路に向かう、つまり一時の冒険が終わって家へと帰らなければならない夕暮れ時を描くことで、まだ冒険へと旅立つ前の夢見る子供のままの、遠くの太陽へと思いを託す(しかない)主人公を上手く表現しています。
そして上図中上のコマは、住んでいた町から離れポケモントレーナーとして未知の世界へと足を踏み出す直前の主人公が描かれたコマです。上図中下二つのコマはその直後に置かれている、(この時点では)未熟な主人公とは対照的なほぼ“完成された”性格を持つライバルキャラを描いたもので、その背景には描かれていない空が、上図中上のコマには広がっているのです。

 ここまで綴った私の言葉を疑う者がいるのなら、改めて問う。今のアニメーションにあの空はあるか。あの雲はあるか。ジブリすら見失った、美峰すら描けなくなった、密着多段引きで流れるあの雲が。私は途中堪え切れなくなった。大泣きして崩れ落ちそうになった。アニメは「空」を見失った。こんなに美しい空を、アニメは平気で見捨ててしまえる程、鈍感に成り下がっていたのだ。

――山本寛主宰のウェブサイト「スタジオ枯山水」内「妄想ノオト選集 其のニ」より

 きっと空は青く、どこまでも広がっている。

――Cinemascapeにおけるkionia氏によるスカイ・クロラの作品評より

「ポケットモンスターSPECIAL」における空はどこまでも高くて、青くて、どの町どの世界においても主人公に寄り添うようにそこに存在しています。「ポケットモンスターSPECIAL」は3巻巻末において、一旦の終了――つまり「第一部完」となるのですが、そのコマの最後に描かれた情景を見て私は、漫画の中で描かれてきた世界の奥行き、広さ、確かさ、そしてその「空」に託された少年たちの思いによっておもわず、心が揺り動かされたのです。

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