20090401

伊藤悠『シュトヘル』1巻について その1

日本の漫画というものは、普通は物語が絵とセリフによって紡がれて、それらは複数のページに分割されて綴られていき、結果いちからお話を読み進めていこうとすると、最初のページから最後のページに向かって順々に読み進めていくことになる――といった体裁がとられます。
伊藤悠という漫画作家はそういった漫画の持つ“一方向性”にとても自覚的で、氏の作品はその一方向性を利用したコマ運びにより、とても上手にストーリーの中へうねりをもたらしています。
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伊藤悠『皇国の守護者』 1巻

たとえば上に引用させていただいた画像における121P4コマ目は、敵に今まさに襲い掛からんと目論む味方の兵士と虎さんが描かれ、みな一様に顔を上げ、ページをめくり進める方向を向いています。めくって次のページである122P1コマ目は、これまた味方の兵士――主人公である隊長が、「――突っ込みますか?」と訊ねた部下に向かって「我慢しろ」と制止するよう告げる絵が描かれ、今度は読み進める方向とは逆に虎が向いて寝そべり、主人公がその場にうずくまっているという構図になっています。それはあたかも、主人公が部下とは逆の気持ちを抱いているから、立ち方や向きも逆なんだと言わんばかりの構図です。
こういったように、氏の作品である『皇国の守護者』では、全編にわたりセリフだけでなく絵の方向性においても、マンガを読み進める方向を勘案した構図やコマ運びを行っています


伊藤悠『シュトヘル』 1巻

この技法は氏の最新作『シュトヘル』においても遺憾なく発揮されており、例えば上の見開きページにおいて、城門から逃げ出そうとする兵士たちを待ち受ける騎馬隊――といった構図を描写する際に用いられています。そして更に、この見開きページにおいては『マンガは1ページ1ページ読み進めていくもの』という通念を利用したトリッキーな構図で、各キャラクターが描写されているのです

上記画像は見開きのページを中央で断ち切り、縦に並べたものに注釈を添えたものです。冊子状になっているものに見開きで絵を描くということは難儀なもので、都合上中央で綴じられてしまい、それにより絵が真ん中で潰れてしまうが故に、中央に絵のメインイメージとなるものが描きづらくなってしまうのです。コマ間の空白ほどでないにしろ、それに順ずるものがページとページの間に通っている状態だといっていいでしょう。そして画像で示した通り、伊藤悠はその仮想の区切り線を利用し、ページを中央で分割したとしても驚くほど意味の通る構図でコマ内の情景を描写しています。
待ち構える弓砲。対峙する二者のうち、城門から出てきた者たちが奥に小さく、ちっぽけに描かれ、次のコマでは彼らのうちの一人のおののく顔が大写しになります。視線の先には大きく黒く塗られた不気味な大将が馬上から睥睨し、彼らの前に大きく立ちふさがっています。おののく兵士達にはグレーのトーンが落とされ、見るものに不安定感を煽っています。ページごとに区切って読むのに慣れている、また基本的にページごとに区切られて漫画が綴られている『シュトヘル』を読むのに慣れてきた読者にとって、はじめはもしかしたらそうしてページごとに着目して1ページ3コマの内容を咀嚼し、そして改めて描かれたものを俯瞰するためて視線を遠ざけた時に、このページが見開きで描写された2ページ3コマで構成されていることに気づくことになるかもしれません。伊藤悠はこのページにおいて、映画におけるクロスカッティングズームアウトを同時に行ってしまっているのです。

(その2に続く)

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